三木市周辺のお花のスポット⑦緑が丘北公園の桜

日本人にとって春といえば桜。待ちに待った桜が咲くと心もウキウキして、満開の桜の下では誰もが笑顔になります。日本全国に桜の名所はたくさんありますが、三木市内にも市民に愛される桜のスポットがあるのをご存知ですか?今回はそんな中から、緑が丘北公園の桜について詳しくご紹介しましょう!

桜について

日本人と桜

今でこそ「お花見」と言えば「桜を見に行くこと」を指しますが、平安時代までは梅を愛でることがお花見だったといわれています。その後、桃山時代の豊臣秀吉が京都で盛大な花見を催したことがきっかけとなって、一般庶民にも桜を見る習慣が浸透したとされています。江戸時代には徳川家光が隅田川湖畔に桜を植え、ますます桜は日本人にとって身近な花となりました。

「さくら」と呼ばれる由来

「さくら」の語源にはいくつかの説があります。
 

① 「木花開耶姫」(このはなさくやひめ)に由来

「木花開耶姫」(このはなさくやひめ)は、日本神話に出てくる国津神で、竹取物語のかぐや姫のモデルになったとされています。花が咲いたように美しい女神だったとかで、その名前の「さくや」が「さくら」に変化したという説があります。

②穀物の霊に由来

さくらの「さ」は穀霊(穀物の霊)を表し、「くら」は神が座る場所のことです。つまり、「さくら」は「穀霊が集まるところ」という意味でこの名前が付けられたという説もあります。古くから桜の開花が農作業の目安になっていたことからも、日本人にとって桜はとても大切にされてきた神聖な植物だったということですね。

桜の種類

桜はバラ科サクラ属の落葉樹です。その種類は600種類以上あるといわれていますが、大きく分類すると、①ヤマザクラ群 ②エドヒガン群 ③マメザクラ群 ④チョウジザクラ群 ⑤ヒガンザクラ群 ⑥ミヤマザクラ群の、6つのグループに分けられます。

桜の代表「ソメイヨシノ」

ソメイヨシノの起源

ソメイヨシノは 漢字で「染井吉野」と書きます。これは「染井村」と「吉野山」という地名に由来しています。 ソメイヨシノは 江戸時代から明治時代にかけて、 「オオシマザクラ」と「エドヒガンザクラ」を 染井村の植木職人らが交配して作った品種改良の桜です。そこで村の名前の「ソメイ」と、桜で有名な「吉野山」から「ヨシノ」を取って、「ソメイヨシノ」と名前がついたといわれています。

ソメイヨシノの特徴

ソメイヨシノの花びらは5枚で、葉よりも先に花が咲きます。咲き始めはピンク色ですが、満開に近づくにつれ白っぽくなります。開花してから10~14日ほどで散ってしまい、その開花日数の短さから、「はかない」「いさぎよい」という言葉の代名詞ともされています。ソメイヨシノの樹高は10~15m、枝は傘のように横に広がる性質があります。樹齢は60年程度とされ、枝を剪定するとそこから菌が侵入し、ますます寿命を縮めてしまいます。桜は切らずにそのまま観賞するようにしましょうね。

緑が丘北公園のソメイヨシノ

緑が丘北公園は緑が丘公民館に隣接しており、近くにある緑が丘東小学校の桜とともに、満開の時期になると一帯がピンク色に染まります。静かな住宅街の中にあり、普段からウォーキングや犬の散歩道として人気がある公園です。この緑が丘北公園は、地元の住民の方の尽力により数十年前に桜の植栽が始まりました。最初は小さかった桜の木が年月を経ることでどんどん大きくなり、今では園内を一周する通路が桜のアーチのようです。有名な桜の名所のように見物客で混雑することなく、静かに桜を見ながら春のひとときを楽しむことができる隠れた名所ともいえるのではないでしょうか?

アクセス

住所:三木市緑が丘町 中3丁目3-2

まとめ

桜が咲く頃は新年度が始まり、新しい学校や新しい職場など環境も変わる季節なので、なんとなく落ち着かず不安な気持ちになる方もおられるかもしれません。大勢が集う桜の名所はちょっと…というときは、ぜひ近所にひっそりと咲く桜を見て、晴れ晴れとした気持ちで新たなスタートを切りましょう!